こんにちは、サナトです。
前回「出来杉くんでも嫉妬する!? のび太の圧倒的な引き寄せ力」に引き続き、『ドラえもん』に登場する出木杉くんにスポットを当てた記事です。
『ドラえもん』にはさまざまな願望や、その裏返しである嫉妬が描かれています。
劣等生であるのび太。その対極として描かれている出来杉くんは、まさに完璧超人です。今回の記事は、そんな彼が劇場版(大長編)で活躍できないのは何故なのかを考えてみる内容です。
この記事を書くサナトは、こんな人間です

・コンプレックスについてメインで扱うブログを運営してます
・ドラえもんが本当に大好き。実家にてんとう虫コミックスと文庫をほぼ全巻所蔵
・考察好き。コンプレックスを解消するヒントを本や映画からもらいました
当記事は原作の各場面を引用しながら、3回に渡って掘り下げていく企画の、第三回目です。ちなみにアニオリは横に置いておきます。
全3回の記事内容
第一回:


第二回:


第三回
当記事:どうして出木杉くんは映画ではほとんど出番が無いのか考察
※これが正解だと言うつもりはさらさら有りません。「そういう見方もあるか」と楽しんで頂ければ幸いです。
- 出木杉くんの物語上の果たす役割
- なんでも出来ることが逆に足かせとなる事情
- 仮に出木杉くんが劇場版で活躍したとき、どのようになるか
それでは第三回、どうぞ。
出来杉くんが劇場版(大長編)で活躍しない3つの理由
いつもいつも、出木杉くんは劇場版で活躍しません。その理由は3つあると思われます。
- 舞台設定にリアリティを与えることで、作者に与えられた役割を全うしている
- 常に完璧でなければならないため、他のキャラクターの得意領域を食ってしまいかねない
- 2時間の尺は出木杉くんには長すぎる
これらの理由から、彼はのび太たち5人に加わって悪者を倒すことはありません。これは、出来杉くんのキャラクター造形に深く関わっています。
舞台設定にリアリティを与える役割を果たしている
活躍できない1つ目の理由です。
出来杉くんは、未開の魔境や魔法の世界など、荒唐無稽になってしまいそうな設定を「あり得るかも」と思わせる役割を担うことがあります。作者から与えられる役割が、そもそものび太たちと異なるのです。この役割を果たした時点で、冒険に加わらなくとも十分に存在価値を示しているとも言えます。
こうした物語の進行を手助けする役割を、よく「狂言回し」と言います。もともとは狂言や歌舞伎で、話の解説を終始務める者のことを指していたようですが、近年ではより広い意味で用いられています
特に藤子・F・不二雄先生が書かれた大長編は、さまざまな歴史の伝承や学説を巧みに用いて、日常から非日常への移行を進めます。出来杉くんというキャラを通して、先生はそれをのび太たち(読者)に優しく説明する時があります。出木杉くんは、作劇上とても便利なキャラなのです。
以下は、『のび太の大魔境』での展開を、おおざっぱにまとめた意訳です。
のび太「誰も到達したことのない秘境・魔境を探しているんだ」 出木杉「各国の衛星がすでに世界中を探し尽くした。そんなものは残ってないよ」 のび太「やっぱり無理なのかなあ」 ・・・ ドラ/のび「コンゴの奥地に、不思議な遺跡があるようだぞ」 出来杉「ここはヘビー・スモーカーズ・フォレスト! 常に雲が掛かっていて衛星写真が撮れないと言われる場所だ」 ドラ/のび「ついに魔境を見つけたぞ!」
引用:藤子・F・不二雄『大長編ドラえもん3 のび太の大魔境』 小学館 てんとう虫コミックス
出木杉くんは一度、大人の視点で子供の夢想を否定します。この1ステップが、リアリティを高める上でとても重要です。◯◯だからそんな世界は無いよ、という具合。
次に、その◯◯という前提にのび太たちが穴を空ける方法を見つけます。そうすると、ちょっとだけ真実味を持った新しい世界への扉が開かれます。それは既にただの子供の夢想ではありません。藤子・F・不二雄先生という幅広い知識を備えた大人の夢想になっています。
出木杉くんは、作品のリアリティを底上げした時点で作者が与えた役割を全うしていると言えます。ただ、ドラえもんでも「狂言回し」の代役は可能です。それもあって、毎回解説役として出ているわけではありません。
また、物語自体が解説を特段必要としていない時もあります。


完璧に立ち振る舞わねばならない、という制約
さらに、2つ目の理由はより重要です。この制約があるために、出木杉くんは活躍場面が少ないのだと思われます。
実際、目の前に大長編の敵が現れたとしても、出木杉くんは冒険に加わらずにフェードアウトしてしまいます。
『のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』では、出木杉くんも敵と交戦するが…
大長編は日常と異なる世界へ足を踏み入れ、そこでさまざまな敵と戦うことになります。実は出木杉くんも、そうした非日常の敵に襲われたことがあるのです。
それが、『大長編ドラえもん のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』。2022年にリメイク版の映画も作られました。
特撮の技術造詣も深い出木杉くんは、その腕を買われて、スネ夫・ジャイアンと特撮映画を撮影していました。特技監督みたいなポジションです。ちなみに、そこでは”かんたんな着火装置”をつくり、戦闘機の爆撃シーンを演出しています。
引用:藤子・F・不二雄『大長編ドラえもん6 のび太の宇宙小戦争』 小学館 てんとう虫コミックス



いやちょっと待て!
本当に小学生かおまえら!!



めちゃくちゃ高度な撮影やってますよね
これ、滑車で戦闘機のプラモ編隊を移動させ、ビデオカメラの前を通るタイミングに併せて起爆しているんですよ。背景が描いてある大判画用紙と、それを吊るす装置もすごい。どこで売ってるんでしょうこれ。藤子・F・不二雄先生がノッてます。「よおし、ちょうしいいぞ!」っていうのは先生の筆の調子だと思います。
そんな折、地球に逃げてきたピリカ星の大統領を追って、ピリカ星の軍艦が出現。その流れのまま、ジャイアン・スネ夫とともに出木杉くんも熱線攻撃を受けます!
本物の熱線だ! 危険だぞ!!
引用:藤子・F・不二雄『大長編ドラえもん6 のび太の宇宙小戦争』 小学館 てんとう虫コミックス
これは出木杉くんが大長編の敵と交わった、ほとんど唯一のケースと言って良いでしょう。大変めずらしいシーンです。
どうにか敵をしりぞけた後、この軍艦はのび太とドラえもんの嫌がらせだと疑うジャイアン・スネ夫。出木杉くんは「そうかなあ………。それにしてはやり方があくどいと思うがな…。」と冷静な態度を崩しません。興奮冷めやらぬジャイアンとスネ夫はのび太家に突撃します。
出木杉くんは、ここでお話からフェードアウトします。
恐らく、このあと出木杉くんは「あれは一体なんだったんだ」と眠れぬ夜を過ごしたに違いありません。
出来杉くんは、どうしてここまで敵と接していながらフェードアウトせざるをえないのでしょうか。そこには、出来すぎる男ゆえの問題があります。どちらかというと、藤子・F・不二雄先生の抱えた問題ではありますが。
完璧であるがゆえの役どころの少なさ
出木杉くんは、”つねに完璧であらねばならない”という、宿命を背負ったキャラクターです。そこに作劇上の難しさがあるのだと思います。
劇場版第一作『のび太の恐竜』のシナリオ初稿には、出木杉くんが仲間として加わっていたそうです。しかし、シナリオを校正する中で彼の存在は削られてしまいました。
非日常の問題が襲いかかってきても、彼は必ず知恵と勇気でたちまち解決してしまいます。そうでなければ、出木杉くんのキャラクター性は保たれません。ヘマやミスが許されないんです。
そして彼が本領を発揮すると、他のキャラクターのやることがだんだん無くなってしまうのです。全能ゆえに、他のキャラの得意領域(かっこよさ)を食ってしまいます。たぶん、射撃も得意です。
そうした理由もあって、『のび太の恐竜』からも削られてしまったのではないかと思います。



ゴチャゴチャ言わないで、試しに仲間に加えてあげたら良いんじゃねえか?
実は、出木杉くんが非日常の世界で主役級の活躍をしたお話が既にあります。これを見れば、劇場版に彼が出るとどういうことになるのか、だいたい想像がつくのでご覧頂きたいと思います。
それが、「冒険ゲームブック」というエピソードです。
引用:藤子・F・不二雄『ドラえもん 』 小学館 てんとう虫コミックス 第38巻「冒険ゲームブック」
この道具は、ゲームブックの中に入って、生身でRPG的な冒険を味わえる、という未来のおもちゃです。VRの究極版ですよね。しずかちゃんは、最終ページで助けを待つヒロインとなります。漫画では、のび太と出木杉くんがしずかちゃんを助けるために旅立ちます。
「フィクションの中に入って、しずかちゃんを助ける」という構造は『ドラビアンナイト』など大長編でも見られる舞台設定です。『パラレル西遊記』も一部そうですね。
それでは、大長編と同じような構造で出木杉くんが本領を発揮するとどうなるか、ご覧下さい。
引用:藤子・F・不二雄『ドラえもん 』 小学館 てんとう虫コミックス 第38巻「冒険ゲームブック」
出木杉くんが転がしたのは、のび太が「こんな重い物 もっていけるか」と捨て置いた石貨です。念のために持ってきたので窮地を脱しました。
さらに、彼はもう一つ抱えた石貨を渡し賃として、川を渡って物語を先に進めることができます。のび太は石のお金を取りに戻るはめになりました。
のび太が迷ったり停滞する場面で、必ず正解を導き出す出木杉くん。(逆に、そうでないとキャラクターが崩壊してしまいます)非日常の世界でのこうした振る舞いは、英雄的・主人公的に見えます。のび太にかっこよくなる余地が無くなります。
途中からのび太は引き離され、出木杉くんは一人でサクサク進めます。
引用:藤子・F・不二雄『ドラえもん 』 小学館 てんとう虫コミックス 第38巻「冒険ゲームブック」
出木杉くんと競争関係にあると、必然的にのび太は三枚目にならざるを得ません。まともに競争しても絶対に勝てないので、のび太は道具を使って勝ちにいきます。その結果、のび太はズルしたと見なされ、このあと大変な目に遭って強制ゲームオーバーとなりました…。
スネ夫は、のび太に対し「大長編になるとかっこいいことを言う」とメタ的な評価をしていますが、それは彼が主人公として物語や仲間を動かさなければならないポジションだからです。
出木杉くんは誰とも相談しなくても、「これは怪しい」「これは必要」と判断してトントン話を進めることができます。こんな出木杉くんと一緒では、のび太にやることが残されていようはずもありません。
解決までが早すぎる出木杉くん
そして、3つ目の問題があります。
それは、解決までが早すぎるということです。
先程の「冒険ゲームブック」で、剣を得て、耐火性を得て、翼を得るテンポの良さを見て下さい。 葛藤も迷いも絶無。いつの間にか盾まで持っていますが、手に入れた場面など描かれてすらいません。
これはページの制約があるから、ではありません。彼の場合は全てが順調に進むので、ストーリー的な起伏を生まないのです。何をこなそうと出木杉くんなら当たり前のことで、読者にも驚きはありません。
描いたらむしろ冗長になってるので、過程を全部すっとばして描かれるんです。
何事も最短最速で結果が出せる出木杉くんには、劇場版2時間の尺は必要ありません。15分のテレビ尺で十分!
ほかの子が何時間も掛かる宿題を10分で終える出木杉くんは、処理能力もハンパじゃありません。
引用:藤子・F・不二雄『ドラえもん』 小学館 てんとう虫コミックス第22巻「出木杉グッスリ作戦」
仮に2時間も与えられたら、のび太たちが同じ時間を掛けて解決する異世界の課題を、8つぐらい解決するんじゃないでしょうか。
ここまで見てきた3つの理由によって、出木杉くんは劇場版で活躍できないのです。
この先、気鋭の脚本家がオリジナルの劇場版で6人目のメンバーとして彼を加えたとしましょう。そのとき、5人のメンバーの半数は輝きを失うか、出木杉くんが輝きを失っていると思います。
5人と出木杉くんを活躍させる方法としては、非才の僕にはこれぐらいしか思いつきません。
- 消えた出木杉くんを助けに行く
- 出木杉くんが別働隊として動く
- のび太に何かをアシストして、終盤は戦力外になる



出木杉くんが体調良好で仲間と揃うとバランスが崩壊するので、考えられるのはこのぐらいじゃないでしょうか…。
出木杉くんが劇場版で活躍しない理由まとめ
コンプレックスと最も縁の遠そうな出木杉くん。その内面はうかがい知れませんが、僕には孤高ゆえの葛藤があるように思えてなりません。
要点をまとめます
- 劇場版で出木杉くんが活躍できない理由が3つある
- 1.舞台にリアリティを与える、という役割を序盤で既に終えている
- 2.完璧すぎてそれが作劇上の制約になっている
- そのために、敵と相まみえてもフェードアウトすることさえある
- 3.解決までが早すぎて2時間尺はもたない
以上、ここまで三回に渡って出木杉くんの考察をしてきました。




劣等感に悩む自分は、もしも出木杉くんのような完璧超人になれたら、生きる悩みが解消されるのだろうかと考えてみました。が、それでも僕は、何らかのコンプレックスを抱えそうな気がします。
それも結局のところ、のび太や他のメンバーと相対化することを辞めない限り、「自分にはこれがない」「あれがない」と思うことが出来るからです。自分の能力が高かろうが低かろうが、相対化と解釈で幸福度が変わる、ということは間違いないと思います。



本物の出木杉くんは、そんなネガティブ解釈をしないから出木杉くんなんですけどね
長くなりましたが、出木杉くん考察は以上です。
当記事をきっかけに、『ドラえもん』を楽しむ方が増えてくれれば幸いです。
引用は一定のルールにしたがって行ったつもりではありますが、公式からこれらの画像使用を否定されたらすぐに引っ込めます。
明日もあなたにとって良い日になりますように!


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